ゴブニュ(オグマ)
「巨大機械人形 ゴブニュ(オグマ)」

平成に入ってのウルトラマンには、超古代文明と地球人類の宇宙進出というテーマが大きな本柱だったと思います。
超古代文明の象徴のような存在がウルトラマンティガ、そして人類の宇宙進出に際しての技術とエネルギーがマキシマオーバードライブでした。
どちらも地球人類にとっては夢のような存在でしたけど、地球人類に寄り添うような存在がウルトラマンティガであり、夢でありながらちきゅ人類の手が届いそうになっていたのがマキシマオーバードライブだったのかもしれません。
手を付け、手に入れ、夢の世界に入って吟味してみないとその境地は分りそうもないですけど、そうした夢のエネルギーと技術の織り成す世界には思いもしない効用とその逆のものがあったのかもしれません。
夢を実現しようとすると、具体的に四苦八苦してもみても夢に囚われて反対の世界は見えないものなのかもしれません。
要するに何かしらの高揚があることに、気づけないものなのかもしれないということです。
地球上の現象一つとっても、人類が解明できないことは数多くあり、人体の内部についても同様です。
どの時点においても試行錯誤して、起こり得る現象を吟味することが肝要ですが、そこまで人知がおよばないことも多々あるでしょう。
挑戦し、試行錯誤することは大事ですが、その心意気とは裏腹な結果が出ることも踏まえたいものです。

ウルトラマンティガでは新宇宙航法としてマキシマオーバードライブが開発されようとしていましたが、これを人類の本格的宇宙進出と夢のエネルギー開発ということから快く思わない存在があったかもしれません。
そしてそれは人類に対する警告だったかもしれません。
ロボットのようでありながら、中身はなく体皮の一つ一つに指示が埋め込まれて行動していた機械人形 ゴブニュ(ヴァハ・ギガ)は警告かつ滅失の存在だったかもしれず、この果てにあったのがゴブニュ(オグマ)だったかもしれません。
宇宙空間に浮かんでいた機械島は、何者かの意思が働いた存在であったことは確かですが、その使者がゴブニュ(オグマ)であったとはいえ、両者は共有同居して初めて何らかの意思が示していたことが表れる存在だったのでしょう。
おそらく、ゴブニュ(ヴァハ・ギガ)と同様体皮のパーツの一つ一つに医師と指示が埋め込まれ、封数のパーツがその意思を共有しようとしたときに電気エネルギーが生まれるという塩梅だったのでしょうけど、いずれにしても人類の未知の分野への進出を快く思わない何者かであったことは確かなようです。

地球上の意思・正義と宇宙におけるそれとは異なるものかもしれず、宇宙からしてみれば米粒一つにも満たない人類が将来宇宙バランスを乱すと考えたのかもしれませんが、人類に寄り添うウルトラマンティガがこれを許すはずがなく、人類jの力もそうした意思が見てた以上に前に進んでいたのかもしれません。
全体のバランスのために小さな存在を否定するのは全く感心しませんが、宇宙に出るということはそうした未知の意思に晒されると言うことかもしれません。
ゴブニュ(オグマ)③
ゴブニュ(オグマ)⑤